瞑想の論文2004/01/11

今日、蔵書を整理していたら、大学の時の卒論が出てきた。インド六派哲学のひとつ、ヨーガ学派の根本経典『ヨーガ・スートラ』の瞑想体系について論じたものだ。サンスクリットの原書と訳書を対照させながら、四苦八苦して書いた。

今から15年以上前の日本では、『ヨーガ・スートラ』関係の訳書や論文はかなり限られていた。それらの研究でも瞑想の内実について深く掘り下げたものはほとんどなかった。これは実際に本格的な瞑想をしている研究者が少なかったからだ。

『ヨーガ・スートラ』に関わらず宗教の瞑想経験の理論書というのは宗教の核心的なものだ。そういった文献を実践せずに研究しても、体験に裏付けられてないので、基本用語の内実からして理解できない。そういった状態で論文を書いても字面を追っただけの薄っぺらいものになるか、「書かない方がまし」ということで、この手の研究論文が少ないのだろう。それにあまり実体験の濃い論文を書いても評価されないという学会の事情もある。宗教学者の中沢新一氏の『虹の階梯』なんてのは、修行者から見たらかなりの名著だが、学問的には評価されてない。実践者からすると『虹の階梯』の方が、体験にもとづかない論文よりずっと有益だ。

当の卒論だが指導教授には全然評価されなかった。文献学的操作が全然できてないからね。卒論書いていて文献学的なセンスがないことがよく分かった。ただ内容に関してはいいセンスだったと思っている。基本的な考え方は今も変わっていない。

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