現代中医の文献学的な問題点2004/03/27

これは専門家向けの話題。

中国医学の専門書を読んでいていつも辟易するのが、自説を補強するために恣意的に古典を引用することである。古典に記されている言葉の持っている概念を定義するのはなかなか難しい。特に専門用語や今では使われなくなっている言葉ならなおさらである。

ある言葉の概念の定義を明確するのには、その言葉が記載されている本でどのように定義されているかを分析する。それが難しいなら、同じ著者の他の書物でどのように説明されているかを調べる。それが難しいなら、弟子や同門の同時代の著書を調べる。それが無理なら同時代の書物にどう定義されているかを調べる・・・これは文献学的操作の基本的な手順だ。いきなり時代の違う書物や対立する流派の定義を持ち込んでも意味がない。

ところが現代中医学の本を読んでいて、このような文献学の基本的操作をふまえて古典を解説しているのはきわめて少ない。

以前あるところで、『傷寒論』という後漢の時代に書かれた漢方の基本図書に出てくる「寒邪直中」という概念についてある人と論争したことがある。『傷寒論』とはカゼを中心とした流行性の感染症について述べられた本である。カゼは首筋に冷えが入り、体表で冷えと元気が争って微熱が発生し、ひどくなると内に入って高熱が出、それで胃腸がやられると下痢をする・・・云々というカゼの進行過程が論じられている。寒邪直中はそういった一般的なルートをたどるのではなく、寒邪が直接胃腸を犯していきなり下痢をする。もともと胃腸が弱くて冷え性の人がこのような過程をたどりやすい。

ところが論争相手のAさんは、寒邪直中の定義として冷たいものを食べてなるものであるという説を展開した。論拠は現代中医の内科学の教科書にそう書いてあるというのだ。確かに冷たいものを食べると胃腸を悪くする。それを寒邪直中と言ってもいいかもしれない。
しかしそれは『傷寒論』で出てくる定義とは違うんじゃないか?そんな論争だった。

Aさんの論理は、

   ある後漢の時代の書物に出てくるXという言葉の定義づけ根拠として、
     現代のSという書物にYと定義づけている。
     だからXの定義はYである。

というものだ。これは言語の概念を定義する方法としては全く非論理的である。

 なぜならSという書物に述べられている定義Yはその本での解釈である。本来の意味として正しいかどうかとは別物だから。できるだけ正確に定義づけるには、先に述べたような方法をとるしかない。しかしその場合でも解釈者が持っている世界観や知識が大きく影響する。それまで排除するのはなかなか難しい。これについては次回に述べよう。


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