『遊行と巡礼』 五来重著(2)2004/05/30

五来重先生の『遊行と巡礼』の冒頭に次のような一節が出てくる。

 中世や近世の農民が、一生涯、土地に緊縛された過酷な労働の救いを、伊勢詣でや金比羅参、西国巡礼や四国遍路に求めたのは、非日常をもとめるという宗教的行動の一つであった。
 宗教といえば神や仏への絶対的帰依といったり、唯一者だの超越者だの、解脱とか涅槃とか回心とか、どうして宗教をこんなに固苦しく、七面倒くさいものにしてしまったのだろう。これは少数の支配者やエリートが、愚昧なる庶民をだましたり、こけおどしをするための詐術だったに違いない。ところがそのようなエリートは宮殿や大伽藍、僧院などに閉じこめられ、緊縛から絶対にぬけ出すことはできなかった。

私は10代後半に瞑想を中心とする「行」に興味を持ち研究を始めた。今年40才になったので、紆余曲折を経ているとはいえ20年以上も研究を続けていることになる。20代前半、大学で仏教学やインド哲学を専攻していたときも、シュタイナーの人智学を研究していたときも、二方向の宗教的実存について悩んでいた。ひとつは純粋に教理的なものが自分の宗教的実存とどう結びつくかということであり、もうひとつはそれがこの社会にどういう意味を持つのかということであった。

そんなとき五来先生の本を読んでひらめくものがあり、近畿の修験の山を歩くようになった。近畿の山のほとんどが山岳宗教とむすびついている。山がもつ霊力、いにしえの宗教家が行をした場所に残る霊力をもとめてずいぶん修験の山を歩いた。修験の山を歩きながらずいぶんいろいろなことを考えた。それは一種の歩く瞑想だった。歩く瞑想をしながら大学の学問の中には宗教的実存はないのだろうという考えに至った。

大学で仏教学を専攻したのは僧侶になりたかったのだが、卒業する頃にはそういう思いはすっかり消え去っていた。

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