中国医学を理解するためのポイント2005/01/18

日本人智学協会に属するあるグループから、雑誌に載せる原稿を書いて欲しいという依頼があった。中国医学について原稿用紙5枚という厳しい制約の中で四苦八苦して書きあげた。担当者の方にそれを送ると「テーマと少しずれるので書き直して欲しい」という要望が帰ってきたので書き直して再送した。

ボツになった原稿は、言われてみれば確かに少しずれている;^^)私がわるいんだぁ。トホホ
まあこのまま葬り去るのはもったいないので、ここに載せておく。タイトルは・・・ボツだったから考えてません(苦笑

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最近武道の身体操作法がブームです。中国医学の身体操作法である、気功・導引・健康太極拳などは今回のブーム以前から日本でも広まっていて、すっかり定着してしまいました。治療でも鍼灸・推拿などは一般的です。しかしそういった中国医学の養生法・身体操作法の背景にある人体観と、その状態を観察する技法はあまり知られていないと思います。特に観察技法、つまり診察法はほとんど知られていません。中国医学には四診という診察法があります。中国医学の治療家はこれを最初に学ぶのですが、残念ながら専門家の間でも中国医学の基本的人体観にもとづいて運用されることはあまりありません。そこで、ここでは中国医学の人体観と観察法のエッセンスを記してみましょう。

中国医学を理解するポイントの第一は存在は気から成り立っているという考えです。気とは存在を本質と存在の形態という観点から見たとき、存在の形態に相当する概念です。本質のことを太極といいます。気と太極の関係はアリストテレスの質量因と形相因に相当するものです。

もう一つのポイントは、自然界は一元の気として成立しているという考え方です。存在は個々の事物が積み上げられてできているという要素論的な考え方ではなく、全体として意味があるという全体論的な考え方です。

三つ目のポイントは全体論的な考え方から、気一元としての人体という小宇宙は、気一元としての大宇宙(自然界)と照応するという考え方がでてきます。たとえば人間の身体は自然界の影響を強く受けています。春には春の身体を、夏には夏の身体になっているのが健康的な肉体本来の姿です。自然に応じた身体になっていないところに異常を診ていくのが中国医学のひとつの考え方です。また身土不二という考え方にもつながります人はその土地に応じた身体をしているのが健康的な姿です。よって旬のものを食べる、その土地で収穫されたものを食べるというのが健康を維持する基本です。

気一元論の観点から大宇宙としての自然と小宇宙としての人体は照応関係にあると書きましたが、これは中国医学的な診察方法にも応用されます。中国医学には四診という診察法があります。望診・聞診・問診・触診という四つの診察法のことをいいます。人体全体を大宇宙とし、診察部位を小宇宙とし、小宇宙を観察することによって、大宇宙の状態を診察するという考え方です。

中国医学では気一元としての人体をどのように観察していくのでしょうか?これに導入されるのが、陰陽という二分割法と五行という五分割法です。わたしたちが存在を観察して言語化するとき、存在自体を表現することはできません。なんらかの観点から分節化して言語化しなければなりません。古代中国の聖人はそれを陰陽と五行という観点から分類しました。陰陽は主として人体を二分割して観察するのに使われます。たとえば背中側と腹側、上下・左右・浅深などの観点です。五行は五蔵(肝心脾肺腎)の気と、病気の原因である五邪(風熱湿燥寒:これに暑を足して六邪にすることもある)に対応させます。五蔵は解剖学的な観点としての五蔵だけでなく各蔵の持つ機能を5種類の気として捉えます(ここで重要なのは陰陽や五行から人体ができているというのではなく、あくまでも一元の気としての人体を陰陽や五行の観点から観察するという視点です。多くの人はこの点を間違えています)。

漢方・鍼灸・薬膳・導引気功等々どの分野を実践するにも、人体の陰陽と五蔵の気はどのような性質を持っているのか明確にイメージ化できることが基本となります。次にそれを四診して観察できなければなりません。四診を通して観察できるようになると、人体が五邪にどのように犯されているのかを、診ることができるようになります。最後にそれを操作できなければなりません。この一連のプロセスを説明できない中国医学は本流ではありえません。中国医学が日本でも浸透してきましたが、こういった中国医学本来の姿を見かけることはほとんどないというのが現状で、私は鍼灸師として残念でなりません。

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