海の幸 その22009/09/28


占領憲法の正體
今日の読書

一泊海釣り旅行の二日目。テントで寝ているときになんどか目が覚めたが、人の声が聞こえた。おじさんふたりが夜どおしイカ釣りをしていたようだ。私はシェラフにそのまま入っていたが、山泊まりのことを思い出していた。小屋泊にしろテント泊にしろ、縦走は暗いうちに出発するのが基本だから、全然気にならない。こういうのに不慣れな人はこういうのだけでも気になって寝られないだろうな。

息子は昼頃には自分でエサを仕掛けて、釣り上げたものを魚籠に入れられまでできるようになっていた。彼は器用な方だが、これくらいの年齢の子供は物覚えが早いので、慣れさせれば誰にもできるようになるだろう。海に落ちたり、つり針に手を引っかけたりする危険性があるかもしれないが、少しずつ慣れさせて危険を回避させる知恵を遊びながら学ばせることは重要だな。潮の香りが時間や季節によって変わったり、釣った魚のニオイが変化していくのを知るのも感覚体験には重要なことだ。

小さい頃から危険なことをさせないようにしたり、知的な教育をしたりする親がかなり増えているそうだが、全くばかげたことだ。そんなことよりも感覚を育てる教育が重要だと思う。小さい頃に感覚的に覚えたことは一生覚えている。命にはかかわらない小さな危険や小さな失敗を重ねておくと、大人になって致命的な失敗をできるだけしないようになる。感覚的に体に覚えさせるのが重要だな。いくらビデオや本で説明しても、感覚体験がないと、いざというときに知恵がはたらかないだろうと思う。なんてことを考えていると、世界に通用するような音楽家にするためには3才くらいから演奏を始めないとだめだという話を思い出した。

帰りの高速道路がひどく渋滞していて、義兄夫婦の家に帰り着くのに普段の倍以上の時間がかかった。義姉は疲れているにもかかわらず、夕食用に釣ったカワハギを刺身にしてくれた。いっしょにカワハギのキモも出してくれたのだが、これが非常に珍味。まるでウニみたいだ。キモに醤油をかけて潰し、刺身のソースにすると非常に旨い。初めて食べた。治療中に患者さんと食い物の話になることがあるが、この手のものが食べられない人も多い。神様が与えてくれる海の幸を受け入れられないのは、なんとももったいない話だ。

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