技術のキモ2009/10/05

近代の超克 (冨山房百科文庫 23)
河上徹太郎・小林秀雄他著
今日の読書

3日の土曜日はひさしぶりに師匠の治療院へ行った。土曜の閉院後に行われている推拿治療の練習会に参加するためだ。推拿とは按摩・マッサージ・指圧を合わせたような中国式手技療法だ。しかし、日本式と違って中国式の特殊技術がふんだんに盛り込まれている。補とか瀉などというのは基本で、それをもっと細かくわけた技術を経絡や経筋にどう作用させるかといった推拿独特の技法がある。またそれをも越えて、関節操作をどうするとか、整骨の分野までひろがりもする。推拿の専門家でもほとんど知らないマル秘技術の伝承会だな。師匠はマル秘技術を山のようにもっていて、びっくりしてしまう。

残念ながら、その日は師匠はいなくて、治療院の番頭役を勤める弟弟子が代わりを務めてくれた。彼はずっと師匠の治療院で働いているだけあって、なかなかの腕前で、推拿は私よりずっと上手い。

まあ、いずれにせよ、いくら勉強しても、こういう技術は「知っている人」から直接教わることができないと使えない。たくさん本を読み、いろんな講習会に参加して、たくさんのことを知っても、直接教わらないと伝わらない「技術のキモ」みたいなものがある。それが伝統というものだろう。何代にも渡って伝承される技術や思想の集積の重みは圧倒的なものだ。

ところが頭のいい人ほど、そういうものを軽視する傾向にあるように思う。型を知ればそれでよいみたいなところがあって、それを他で勉強したことと結びつけて独自解釈を加え、「新説」や「○○式」見たいな型を創造する。まあ、患者さんとれば、治ればなんでもいいとは思うが、重要なのは型に内臓された「叡智」であり「思想」であり、それを伝承する人の姿である。それは直接おそわらないと伝わらないものだ。学校のような一対多の教授ではなかなか難しいと思う。これからなにかを学ぼうとする人は、そういうことに意識を向けるとこが重要だ。

ちまたに治療院はたくさんあるが、偶然そういうマル秘技術を伝授された治療家にあたった患者さんは、非常にラッキーということになる。そういうところでは、エステなんかよりずっと安く設定しているところが多いし。

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